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『臨済宗とは』

(歴史)
 臨済宗は禅宗の一派で曹洞宗、黄檗宗とともに坐禅を中心とした宗派です。中国から伝えられた臨済宗は臨済義玄(りんざいぎげん)禅師を宗祖として仰ぎ、日本においては栄西禅師(「えいさい」が一般的な読み方ですが正しくは「ようさい」と読みます)が始めて臨済禅を伝えました。
 栄西(1141〜1215)は十四歳で比叡山に登り、二十八歳と四十七歳の二度にわたって宋に渡りました。帰国後鎌倉幕府の支持を受け、武士を中心としてその教えが広まりました。建仁二年(1202)には将軍頼家の願により建仁寺を建立しました。そのほかにも栄西は日本に茶をもたらし、「喫茶養生記」を著しました。
 栄西ののち、聖一国師(円爾弁円)や大応国師(南浦紹明)などが活躍、また中国から帰化し、鎌倉の建長寺の開山となった蘭渓道隆(1213〜1278)、同じく円覚寺の開山となった無学祖元(1226〜1286)も日本における臨済宗の発展に貢献しました。
 現在、臨済宗の寺院は約六千カ寺ありますが、十四の宗派に分かれており、列挙しますと天竜寺派、相国寺派、建仁寺派、南禅寺派、妙心寺派、建長寺派、東福寺派、大徳寺派、円覚寺派、永源寺派、方廣寺派、仏通寺派、向嶽寺派、國泰寺派となります。しかし教えについては違いはなく、法式などで若干の相違がある程度です。
 臨済宗には私たちも一度は訪れたことのある有名な寺院も多く、金閣寺(正式名は鹿苑寺)、銀閣寺(正式名は慈照寺)なども臨済宗の代表的な寺院です。

(教え)
 臨済宗は禅を中心とした教えですが、曹洞宗の禅が黙唱禅と呼ばれるのに対し、臨済宗の禅は看話禅(かんなぜん)と呼ばれます。師匠が問題を出し(これは「公案」と呼ばれます)、そして坐禅をしながらその問題に取り組みます(「看話」と呼ばれます)。このとき知識や教養は全く意味をなしません。つまり論理を越えたところに自己の真実の姿を見いだし、その結果仏の心を悟ることが可能となるのです。

(ご本尊)
 臨済宗のご本尊は釈迦牟尼仏(お釈迦さま)が多いようです。ただしそれぞれのご縁によって薬師如来や観世音菩薩などをおまつりしている場合もあります。

 


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